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2011年5月6日金曜日

3.11震災体験メモ3:私が得た教訓

初めての避難所生活で実感したこととして、役所や国が、人民を守る、ということはないです。あり得ないです。それは、今後も続くでしょう。震災後の政府や、東京電力や、大手マスコミの動きを見れば、明らかです。今後も、国民のためになる情報を、まともに流すことはないでしょう。

資本主義とは、人民の命よりも、国や会社の資本や利益(賠償責任を少なくすること)が優先されるシステムです。残念ながら、それが現時点での世の中なのです。ですから、とにかく、自分の身は、自分で守らなければダメです。自分の次は家族です。その次は、、、。その範囲を徐々にでも拡げて行くしかない、と私は思うのです。

そんな中、私が今回の震災で得た教訓は、地震や津波も怖いですが、もっともっと怖いのは「原子力発電所」だと、認識を改めさせられました。私は原子力発電所とは、核燃料を使った、ものすごくハイテクなものだと、ずっと思っていました。つまり、核反応そのもののエネルギーを電気に変換している、とずっと勘違いしていたのです。

まさか、原子力発電が、実は単なる蒸気機関で、水を沸騰させるためだけに、原子力を使っているとは、全く知りませんでした。まさか、水を沸騰させるためだけに、危険な核分裂をさせて、放射線を放出し続ける莫大な核廃棄物を出し続けてる、なんて、思いもしませんでした。

原子力発電所は、本当に馬鹿な代物です。仮に、福島原発の流出が止まり、日本全国のすべての原発を即刻止めたとしても、莫大な核廃棄物の危険はずっと残ったまま、なのです。核廃棄物を、どこかにしまっておけば良いだろう、見えないようにしておこう、という、その考え自体に大きな間違いがあります。ゴミは出すよりも先に、まず産み出したら、いけないのです。

まるで、一度、嘘を付いたら、ずっと嘘を付き続けなければいけない、状況と似ているように感じます。まず、嘘を付いたら、いけないのです。嘘は、隠せないのです。それと同じように、人類は、核燃料を核分裂させてはいけないのです。一度、核分裂させたら、核廃棄物を持って行く場所は地球上にはないのです。

多くの人が反対運動をしていた意味が、やっと分かりました。本当に馬鹿なものを人類はつくってしまったものです。

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