ページ

ラベル 意識 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 意識 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年1月15日土曜日

Twitterを使ってみた感想 その2

Twitterに否定的だった私が、突然、急に、始めてみたくなったのです。理屈ではなく、なんとなく面白そう、なんとなくワクワクする、そういう感覚を感じたから。

面白い、ワクワクする、と感じる意識の仕組みは、自分が既に知っているもの、既知の範囲の外側にあります。一方、つまらない、退屈だ、という感覚は、自分が既に知っているもの、既知の範囲の内側だけに留まっている時に感じます。

ブログやHTML形式のホームページで文章を書く、という行為は、自分が既に知っている知識の範囲内を、文章に表現したものになると思います。読んだ人にとってそれが知らないことであれば、読んだ人の既知の範囲は拡がります。だから、それはそれで意味もあるし、価値もあることです。

でも、書いている本人にとって文章を書く行為は、自分の意識の枠の中にあるもの、既に知っている事を、形、順序を整え、まとめたり、整理するためには役立ちますが、面白み、ワクワク感があるか、というと、そういう感じではない気がします。それは、既知の範囲内で書こう、としてしまうからだと分析しています。

相手が何に意識のフォーカスを当てているか、を探るには、相手のTwitterを探るのは、良い方法だと思います。なぜなら、相手の反応が見えるから。どんな事件に、どう反応するか、自動的反応、自動的連想パターンがはっきりと分かるから。

でも、相手はともかく、自分にとってTwitterを使う利点。それは、自分の発想のヒント、ひらめき、を拡げるツールとして使えそうだ、という感じです。

Twitterで自分の中の自動的反応、連想パターンを外に、おもしろそうな方向に拡げる。ワクワクする方向に拡げる。既知の枠を拡げて、可能性を拡げる。その後に文章に残す。その時は既知の範囲内の行動になる。そのための場所が必要、ということで、BLOGスタートとなりました。

ちゃんちゃん。

Twitterを使ってみた感想 その1

私は、新しく流行りだしたものに、なかなか飛びつかないタチなので、数年前にブログが流行りだした頃も、HTML形式のホームページにこだわっていました。最近のTwitterブームも、ブログやホームページで長い文章を書けなくするための陰謀だと、決めつけていたので、見向きもしませんでした。

他人のTwitterを見ると、その人が今現在、何に注意の焦点(フォーカス)を当てているのか、一目瞭然です。ブログは日記形式がほとんどなので、その人がその日に行動した中で印象に残った事、という程度しか分かりませんが、Twitterの場合、その瞬間、フォーカスを当てている事が分かってしまうのです。

マジック(手品)というのは、観客の注意の焦点(フォーカス)を一カ所に集めておいて、誰も注意の焦点(フォーカス)が当たっていないところで物事を起こす、仕組みです。手品の場合はビックリします。残酷な出来事の場合、トラウマとして残ります。

9.11だって、誰もあんな出来事が現実に起きるとは、想像すらしていませんでした。そういった中で、大事件を起こす。神戸、新潟の地震はもちろん、2004年の津波しかり、ロンドンのバス爆破や、スペインの電車、バリのディスコ、も同様です。だからこそ、その大事件が切っ掛けとなり、問題→解決の手法で、まるでマジックのように世の中を変えられてしまう。

そういった意味で、自分が長時間、Twitterをやるのだけは避けたいな、とは今でも思っています。相手に手の内は見せてはいけない、なぁ〜んてね。 --> 続く